2010.02.08
聖徳太子の弟の墓?大阪・塚穴古墳で人工築山 風水を意識か (2/2ページ)
塚穴古墳では、平成18年の調査で墳丘南側に長さ100メートル以上の外堤が確認されている。今回の調査や現在の地形をもとに推定すると、外堤を含めた古墳の規模は130メートル四方で、飛鳥時代の大豪族、蘇我馬子の墓とされる石舞台古墳(奈良県明日香村)の85メートル四方を大きく上回り、国内最大級になるという。 日本書紀などによると、来目皇子は602年に新羅征討将軍に任じられ九州へ赴いたが、翌年に病死。「河内の埴生(はにゆう)山の岡の上(現在の羽曳野丘陵)に葬られた」とされている。現地説明会は行われない。
大阪府立近つ飛鳥博物館の白石太一郎館長(考古学)は「墳丘周囲に立派な盛り土の施設を設けており、有力皇族の墓の可能性がさらに高まった。来目皇子の墓とすれば、新羅征討将軍の死に際し、墓を特に立派なものにしたことも想定される」と話した。
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